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バスの旅、観光バスツアーに関する旅行情報誌「バス旅天国」

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2020年02月25日(火)

空の駅(2)…通勤・通学は大変そうだなぁ! [大変でも上る]

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この階段を上る

「空の駅 余部」へは、この階段を上らないと行けません…と、思ったのは取材時期が2016年7月28日だったからでした!
なんと、2017年11月26日にエレベーターが完成しておったのであります!

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「クリスタルタワー」の雄姿

それがこの「クリスタルタワー」であります(ネット画像を拝借しました)。
高さ41mの空の駅まで、ひとっ飛び、ではなく無料のエレベーターで40秒で行けちゃうのだそうです!!

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上り始めの光景

気を取り直して、私が辿った、クリスタルタワーの無い2016年7月に戻りましょう。
階段を上り始めると、この雄大な光景に目を奪われます。

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左方向に上る三叉路

少し上るとこんな風に、向こう側からも上り道があり、更に左方向に上る三叉路になっています。
白矢印の先に、ちらっと見えるのは、

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時刻表(2016年当時))

この時刻表です。
「浜坂」や「鳥取」から、この空の駅「餘部(旧漢字)」、そして終着駅「豊岡」だったり「城崎」に行く列車の時刻表です。(上り〜豊岡・京都方面、下り〜浜坂・鳥取方面)
始発は上り6:27、下り7:41ですから、朝は豊岡方面に行く人が多かったのでしょうね。

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時刻表の先

時刻表の先の道がこれ。
もし、朝寝坊したら、かなり焦るでしょうね。

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雄大な景色

そして、雄大な景色。

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コンクリート製の橋脚をくぐって進む

コンクリート製の橋脚をくぐり、

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九十九折りの坂道

九十九(ツヅラ)折りになっている坂道を、ひたすら上ります。

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「空の駅の案内図」

なおも繰り返す、九十九折の坂道を上って行くと、こんな「空の駅の案内図」があったり、

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待望の「空の駅はこちら」の看板があったりして、坂道を上るエネルギーを足してくれます。

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駅舎のような建物が見えた

そしてついに、駅舎のような建物が見えました。

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まあ「餘部駅」に到達

実は、この建物は駅舎というより、ちょっとした待合所で、その横にトイレもあったりします。
10:16に階段を上り始めて、ここに着いたのが10:23.
およそ6分〜8分かけて駅に辿り着くのが、毎朝だったら辛い!と、地元の方に同情しちゃいました。

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待合所とトイレ

「空の駅 餘部」のホーム西寄りに待合所とトイレがあり、

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反対側(東方面)

反対側(東方面)は、このように真直ぐ線路が延びています。
なお、線路に沿って連なっているコンクリートの構造物は、崖面保護用のコンクリート壁です。

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駅名表示板「餘部 あまるべ」

こちらが現役の駅名表示板「餘部 あまるべ」です。
ホームにあるベンチは、どうやら昔の鉄橋の鉄材を切断したもののようです。

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ホームの東端

さらに、ホームの東端には、その先の旧餘部鉄橋の一部と、現在のコンクリート製橋梁が見えています。

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ホームの東端の先

ホームの東端から出られた先に、旧・餘部鉄橋の一部が残っていて、展望台のようになっています。

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旧鉄橋の残されている部分「空の駅」

結局、この旧鉄橋の残されている部分が「空の駅」ということになっているようです。

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「空の駅」からの眺め

「空の駅」からの眺めがこちらになります。
やはり、行ってみて良かった、頑張って上って良かったという、私のお奨めポイントのひとつです。
ということで、この回はお終い、となります。

Posted by 小池 泉壬 at 23時48分
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2020年02月14日(金)

上ると言えば「空の駅」(1)…まだ足元 [大変でも上る]

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道の駅「あまるべ」

2016年7月28日、私はとよてつハニットアゼリアツアー「浜坂温泉の旅」の取材で、前夜宿泊した浜坂温泉「魚と屋」さんを朝9時前に出て、海鮮土産物屋「とれとれ市場」に寄った後、9時40分頃に、国道178号線沿いにある「道の駅 あまるべ」を、取材先として立ち寄りました。
この余部「空の駅」については、当時のバス天にも掲載していますが、今回は深掘りしてのご案内といたします。
※ちなみに、左上にある[検索]欄に“余部”と書き込めば、当時の記事もご覧頂けます。

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道の駅の主棟にある「情報コーナー」入口

空の駅に行く前に、ぜひ寄っておきたいのが、道の駅「あまるべ」にある「情報コーナー」です。
見た目にも雄大な山陰本線の「余部橋梁」の歴史や、構造についての説明が、パネルとビデオ映像で展示されています。

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「情報コーナー」

入口を入ると、このような「情報コーナー」になっています。
地元自治体が管理している、いかにもな展示コーナーですが、ここを見ていけば、空の駅に行くまでに目に入る、物の見え方が変わります。

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土産物コーナー

ちなみに反対側には、地産の農作物や手づくり風の土産物などが多く並ぶ、土産物コーナーがあるので、観光で行くと、ついついこちらに目がいっちゃうんですけどね。

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「建設の計画」説明パネル

情報コーナーで、ぜひ見ておきたいのが、そもそもここに、こんな壮大な鉄橋が出現した理由「建設の計画」以下の部分です。

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列車転落事故の悲劇

順を追って見て行けば、なるほど、と思ったり、ああ、そう言えばそんなニュースがあったナ、と記憶が蘇ります。
なかでも、この昭和61年12月28日に起きた、強風に吹き落とされた列車の転落事故の悲劇が心に刺さります。

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「聖観世音菩薩像」

その転落事故の慰霊碑が、現在のコンクリート製の橋梁の足下に「聖観世音菩薩像」として、昭和63年10月23日に建立されています。

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鉄製だった頃の「余部鉄橋」

私も2009年3月に、「城崎・三朝温泉」の取材時に、偶然この辺りを通っていて、まだ鉄製だった頃の「余部鉄橋」の写真を撮っております。
その時には、こんな悲しい事件のことは連想せず、ちょうど解体工事が始まっていた、見たことのないほどの巨大な鉄橋に目を奪われたものでした。

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橋脚の足下にある昔の記念物

現在のコンクリート製の橋脚の下は、昔の余部鉄橋の様々な記念物が展示されていて、往時をしのぶことが出来ます。

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コンクリート製の橋脚と昔の鉄橋

また、こんな風に、コンクリート製の橋脚と、昔の鉄橋の一部が並んでいる部分もあります。

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「平成水明の郷」公園

すぐそばに広がる海辺の前は「平成水明の郷」として、公園化されています。

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余部の海辺

余部の海辺には大きな丸い石がごろごろと転がっていて、私たち太平洋側の海辺を見慣れた者には、新鮮に映るでしょう。

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「空の駅」へ

「空の駅」への案内表示に従って、橋梁の下を進みます。

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「空の駅」への階段

ついに見えてきた“階段”
いよいよ「空の駅(現役の駅です。この辺りの方は通勤通学に通う駅です)」目指して、大変でも上ります!
次回は、とにかく上ります。

Posted by 小池 泉壬 at 15時34分
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2020年02月02日(日)

修理中の多宝塔…石山寺(2) [琵琶湖の名刹「石山寺」]

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くぐり岩

前回の最後にご紹介した「くぐり岩」に近寄ったところが、こちらになります。
ちょっと足を踏み入れるのは、躊躇する方が多いのでは。
かく言う私も、取材時間が押していたこともあって、パスでした。
Netで拝見すると「マイ巡礼」さんの『くぐり岩(くぐってみました)』というブログがあり、やはり想像通り、体の硬い私は、あの時挑戦しなくてよかった〜、と思った次第です。

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「北半分境内図」

前回、境内案内とした案内図は“南半分”でしたので、ここからは「北半分境内図」にてご案内しましょう。
前回の南半分の図の、左上に延びていた石段を上り詰めた処が、この図の左下にある「蓮如堂」になります。

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上に向かって延びている石段

さて、その石段はこのように、上に向かって延びているのであります。
なにやら“大変でも上る”を思い出させるような、信仰心を試されているのではないかという、光景であります。

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「蓮如堂」

石段を上り切ると、左に「蓮如堂(重文)」があります。
このお堂は、慶長七年(1602年)淀殿により、三十八所権現社本殿の拝殿として建立されたもので、浄土真宗中興の祖・蓮如上人の遺品を安置しています。
(蓮如上人の母堂が石山観音の化身だと云われています)

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左「毘沙門堂」、右「観音堂」

蓮如堂の向かい側には、写真左の「毘沙門堂」、右の「観音堂」が建っています。
「毘沙門堂」は、源頼朝の寄進で建立され、江戸時代に再建され、兜跋(トバツ)毘沙門天が祀られています。
「観音堂」には、石山寺ご本尊の如意輪観音と、西国三十三所霊場の観音様が祀られています。


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本来は多宝塔が見える場所

ここからは、石山寺の象徴とも言える「多宝塔」が、硅灰石の岩山の上に見えるのですが、あいにく取材時(2011年9月8日)は、平成の大修理(多宝塔桧皮葺屋根葺替え工事…11年7月〜12年3月迄)中で、養生シートが懸っていました。

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「三十八所権現社」の赤い鳥居と本殿の一部

また、木立の間に石山寺の鎮守社である「三十八所(サンジュウハッショ)権現社」の赤い鳥居と本殿の一部が垣間見えます。

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「本堂」

そして、石山寺の「本堂」も建っているのですが、通常ズームレンズの私のカメラでは、距離が取れなくて、全景が収められず、残念でした。

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「紫式部源氏乃間」

「本堂」には、かの紫式部が、石山寺に参詣の折、源氏物語の着想を得たと云われ、縁の深い場所だということで、このような特設コーナーが設けられています。

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紫式部の面影が偲べる人形

中には、紫式部の面影が偲べる人形が座しており、遥か昔の執筆の様子を再現しています。
また、境内には「紫式部供養塔」が、松尾芭蕉の句碑と並んで祀られているのですが、修理中の多宝塔の傍だったので、写真を撮ることが出来ませんでした。残念!

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「多宝塔」を観に石段を上る

それでは、工事中でしたが、普段は見られない修理中の「多宝塔」を観に参りましょう。
「芭蕉庵」「月見亭」への案内札も、立っておりました。

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「鐘楼」

途中、この「鐘楼」があります。
この「鐘楼」は、源頼朝公の寄進と伝わっているもので、上の階に平安時代のものとされる鐘が吊り下げられ、下の階から撞木を撞く珍しい構造になっています。

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大接近!修理中の「多宝塔」

そして、大接近できた「多宝塔」です。
今なら、ドローンで見てるみたいだ、と思ったのでしょうが、この時は、残念感が強く、仕方ないから撮り捲っておこう、とシャッターを切ったものです。
ちゃんと作業用足場を歩けるようになっていました。

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修理の様子を写真で紹介

このように、職人さん達の修理の様子が、写真で紹介されていました。

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修理中の桧皮葺き屋根

実際、このようになっておりました。

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「心経堂」

また、木立の中に見える赤い「心経堂」は、花山法皇西国三十三所復興一千年記念行事の一環として、1990年に建立された堂宇です。
その鮮やかな朱が緑に映える美しい景色は、他の堂宇が建立された昔を連想させてくれます。

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下りの石段

そろそろ帰ろうと思った私の前に、下りの石段がず〜っと続いています。
大本山石山寺は、桜の季節、若葉の季節、蝉しぐれの季節、紅葉の季節と、四季折々に訪ねてみたい名刹です。

Posted by 小池 泉壬 at 14時52分
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