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2021年01月22日(金)

談山神社の次は縁の明日香村「石舞台」に [行った気になる観光案内]

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明日香村へGO!

談山神社の次に向かった明日香村の「石舞台」は、10q弱の近さにあります。
しかも、つながりがあるのです。
前々回の談山神社のブログが始まった、国道155号線の『八井内』交差点を、写真で画面奥に真直ぐ進むと、こんな道路風景が現れます。大和の穏やかな山々の稜線に。

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同じ目的地の石舞台まで同乗

その峠道を走っていると、外国人の方がヒッチハイクサインを出していましたので、迷ったものの国際交流優先で、車にお乗せしました。
拙い会話で、この方がカナダの方で、愛知県の中学校で英語講師をしていることを知り“縁”とはこういうものかと。

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土産物屋さん

目的地の明日香村「石舞台」駐車場の、そばには簡単な土産物屋さんもあり、お定まりの修学旅行の中学生たちが、わらわらおりました。
傍らにある立て看板は『特別警戒実施中』の注意書きで、不審者・不審物を発見したらご一報…とあり“飛鳥歴史公園”となっています。

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『飛鳥観光エリア周遊マップ』

そばにある『飛鳥観光エリア周遊マップ』には、明日香村を思う存分楽しんでネ!!となっています。
ええ〜、飛鳥?明日香??どっちなの?となりますが、
実は、昭和31年、高市(タカイチ)村、阪合(サカアイ)村、飛鳥村の3村が合併した村名が「明日香村」で、史跡名は飛鳥時代の飛鳥となっているようです。

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入場受付所

そして、このような「入場受付(2011年当時250円)」もあります。
あまりに、オープンな感じなのでな〜んだと思っちゃいますが、やっぱり入場料は要るんですね。

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『特別史跡 石舞台古墳』の案内看板

その入場受付所に、この『特別史跡 石舞台古墳』の案内看板があるので、石舞台に行く前に、よく読んでおきましょう。

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製作状況図

見ておいて、特に役に立ったのが、この石舞台の製作状況図でした。
全部で2000tにもなるという巨大な石を、古代の人々がどのようにして積んだのか、なるほどの説明図です。

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石舞台を囲む土手

ということで、それでは石舞台を観に行こう、と思って先を見ても、こんな感じの土手があるだけ。
そうです、石舞台はこの土手の中にあるのです。(只見は出来ないのですヨ)

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石舞台全貌

土手の階段を上ると、このような光景が。
全体の広さに対して、ちょっと小さく見えますが、元は土を盛りあげて作った墳丘だったのが、その土が失われ、巨大な石を用いた横穴式石室が露出しているのが“石舞台”なのです。

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巨石の迫力

それでも、傍に寄って見ると、巨石の迫力に、人間として、圧倒される思いを味わえるはずです。

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中を覗いてみたくなる

もちろん、ぐるっと回って見ることが出来るので、どなたも周囲を回ることになります。
そして、隙間があると、中を覗いてみたくなるのが、人情でしょうか。
覗いている方と比べると、巨石の存在感がお分かりになると思います。

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石室への入口

一か所、このような入口があるので、中(石室)に入ることができます。
この石舞台古墳は、聖徳太子の政敵とされる蘇我馬子が埋葬されていたという説が、有力視されています。
そして、談山神社の縁起で登場した、中臣鎌子と中大兄皇子が大化の改新で滅ぼした、曽我蝦夷と入鹿は、馬子の子と孫になるという、古代歴史の縁で繋がっているのです。

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中に入る

それでは、中に入ってみましょう。
ここに入るとき、私は諸星大二郎氏の「暗黒神話」の世界を思い描いたものです。

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「暗黒神話」

ちなみに、こちらが「暗黒神話」という、古代歴史漫画であります。
知ってる方は知っているという、雑学でした♪

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頭上はこんな具合

頭上は、こんな具合で。
なにか神秘に触れたら、がらがらがらっと、崩れて来そうな…

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屋は突き当り

で、盛り上がるだけ盛り上がったのですが、なんとこれでお終い!
この先は無く、それでも、ここに馬子の遺骸があったのかも、と心は飛鳥時代に、タイムトリップ出来たのでありまする。

Posted by 小池 泉壬 at 23時15分
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2021年01月16日(土)

見どころの多い「談山神社…元・妙楽寺」です [行った気になる観光案内]

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「総社本殿」と「総社拝殿」

入山受付所を過ぎると、左から「総社本殿」、真ん中に「東透廊」、右に「総社拝殿」と並んでいます。
ここで、注意するのは、写真右下端の『お手水ここで』の赤い矢印のある注意書きです。
元々、中臣鎌足の死後、長男の僧・定恵が唐からの帰国後、父の墓を摂津国から、この地に移して墓の上に十三重塔を造立し、680年に講堂(現・神廟拝殿)が創建され、十三重塔を神廟として、妙楽寺と号したのが始まりでした。
その後、1869年(明治2年)に廃仏毀釈で妙楽寺は廃され、神仏分離令により僧が還俗して談山神社と改称されたため、境内は寺院色の濃い、構成になっています。

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お手水

そのためか、通常神社にある「手水舎」がなく、このような簡易なお手水となっているようです。

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「境内絵図」

初めて訪れた方は、朱塗りの似た建物がある境内に、どの建物に、どのような謂れがあるのか、悩んでしまうかも知れません。(私は悩みました…)
そのため、前回ご紹介した、石段の途中にあった「絵図」の一部を再度、部分拡大した次第です。

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「けまり広場」

まず、大変目立っているのが、この「けまり広場」です。
前回もご案内したように、この「談山神社」の縁起にあるように、中臣鎌子と中大兄皇子が逢ったのが、飛鳥の法興寺(今の飛鳥寺)の蹴鞠会ということで、今でも春と秋の年2回ここで「けまり奉納」が開催(例年は)されています。

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「福禄寿大神」の「総社拝殿」

けまり広場の左側の、唐波風のある神社は「福禄寿大神」を祀っている「総社拝殿」と云います。
入口は常に開いていて、高さ3mもあるケヤキのご神木から彫り出された福禄寿の立像が立っています。
福(幸福)禄(金運)寿(長寿)と云うことで、信仰を集めています。

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「神廟拝所」

その向かい側には、旧講堂だった「神廟拝所(シンビョウハイショ)」が建っています。
後に見えている「十三重塔」を“神廟”とした拝殿です。

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「閼伽井社」と小滝

けまり広場の正面に見える石段を上って行くと、左側にあるのが、この「閼伽井社(アカイシャ)」です。
閼伽とは、功徳水(クドクスイ)のことで、仏に手向ける水を言います。
その井(水の湧く所)を祀る社で、右側に小滝があります。

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「権殿」と十三重塔

そして、石段を上ったところが「権殿(ゴンデン)」で、昔は「常行堂(ジョウギョウドウ)」だった仏堂で、天台宗の「常行三昧行」を修行するためのお堂でした。
※石段からお堂までが近く、撮影が難しかったので、このような写真になりました。

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「比叡神社」

その左側にある小ぢんまりしたお社は、「比叡(ヒエ)神社」と云い、比叡山の(ひえい)とは、なんの関わりもない社で、元は飛鳥の「大原宮」だったお宮です。
小さいながらも、豪華な様式で造られています。

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「権殿」から見た「十三重塔」

「権殿」の右側にある「十三重塔」こそ、中臣鎌足の長男の僧・定恵が678年に唐から帰国後、父の墓を摂津国安威から、この地に移し、その墓の上に造立した、この談山神社の前身「妙楽寺」の基になった建物です。
1173年に焼き討ちで焼失後、何度か再興、焼失を繰り返し、1532年に現存の「十三重塔」が再建されました。

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見返り「十三重塔」

こちらは、塔の前を通って「拝殿・本殿」に向かいながら、振り返って撮った写真です。

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「拝殿」とその上にある「本殿」

そして、向かう先にあるのが「拝殿(旧護国院)」1520年建立と、その上に見える「本殿」です。

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「西宝庫」と「楼門」、奥に「本殿」

「拝殿」前の石段を上ると、1619年建立の「西宝庫」と、1520年に建立された「楼門」、さらにその奥に「本殿」が建っています。

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拝殿」の下の道

私は、この取材時は時間が押していたので、「拝殿」の下の道を通って、先に進みました。
その辺りは、前述の「境内絵図」で、ご確認頂けるとおもいます。

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「東殿=恋神社」

下の道を進んだ先にあったのが、旧本願堂である「東殿=恋神社」であります。
ここまで、神社仏閣を見慣れた目に『恋神社』の文字は、目に鮮やかで、艶めかしく、こんなところにこんな神社が!と、印象深いものがありました。

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「鏡女王」の『恋絵馬』

お宮には、このような「鏡女王(カガミノオオキミ)」の『恋絵馬』(当時初穂料400円)や、お姿などが飾られて、ピンクののぼり旗も浮き浮きと、はためいておりました。

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“紅葉名所の談山神社”

最後に、本来は“紅葉名所の談山神社”でありますので、借り物ですが、このように美しくなる光景をご覧ください。
紅葉シーズンは、例年11月下旬から12月上旬のようですが、今回の取材は2011年9月9日のことでしたので、緑の談山神社となりました。

Posted by 小池 泉壬 at 23時30分
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2021年01月08日(金)

大化の改新で功績のご祭神…「談山(タンザン)神社」 [行った気になる観光案内]

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『八井内(ヤイナイ)』という交差点

奈良県桜井市多武峰(トウノミネ)にある「談山神社」へは、ハニットアゼリアツアーの「紅葉の談山神社・秋色の明日香」の取材で、2011年9月9日に訪れました。
いつものように、取材先が沢山あるので、マイカーで国道155号線を走って行くと『八井内(ヤイナイ)』という交差点で、案内表示が見えます。

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グーグルマップ

全体的な位置関係を、グーグルマップでご覧頂くと、地図左の「明日香」の「石舞台」から、およそ5q、東にある山地にあるのが分かります。

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「屋形橋」

この、右折口には「談山神社」の入口である、寺川に懸っている「屋形橋」があるので、分かり易いと思います。

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右折して入った道路

こんな感じの道を入って行くと、

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「徒歩入口」の表示

「談山神社」の駐車場があるので、そこに車を停めて「徒歩入口」の表示に従って、入って行きます。

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「境内の案内図」

2011年9月時点では、駐車場にこんな「境内の案内図」がありました。
ちなみに「多武峰(トウノミネ)」とは、談山神社のご祭神「藤原鎌足公」が、中大兄皇子(ナカノオオエノオウジ=後の天智天皇)と、「大化の改新」の密談をした場所なのです。

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石段から、来た道を振り返る

徒歩で行く道を歩くと、じきに石段があります。
石段から、来た道を振り返って撮った写真が、こちら。

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山道を歩く

さらにもうしばらく、こんな山道を歩きます。

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土産物屋さんの店舗

すると、道脇に土産物屋さんの店舗などが現れ、大分観光地らしくなります。
ただし、恐らく紅葉シーズンでないと(撮影時は9月9日13時過ぎ)、お店は開いていないのでしょう。

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「大杉」

土産物屋を過ぎるとすぐ、道の右側に「大杉」が現れます。

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談山神社鳥居

この大杉が、神社境内の入口のようなもので、大杉のところを右に曲がると、すぐこの鳥居と、石碑が目に入ります。
「別格官幣社…28社あり」とあるのは、明治政府が決めた“国家に特別な功労があった人物を祀る神社”のことで、現在の社格は「別表神社(全国で353社)」となっています。

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境内絵図

鳥居手前の石段に、当時はこんな境内絵図が、パウチされてぶら下がっていました。
現在もあるかどうかは、不明ですが、これで境内の様子がお分かり頂けるとおもいます。

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かなり段数のある石段

そして、かなり段数のある石段を上ります。

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『入山受付』はコチラ

真直ぐ上るのか、と思うと、ちょっとした踊り場があり『入山受付』はコチラの表示があり、直進する部分には通行止めになっています。
ちょっとだけ石段の上に見える赤い建物には、この後、行けるのでご安心を。

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楓の山道

入山受付はコチラの表示に従って、左の道を進むと、このような木々の繁る山道になっています。
実は、この木々が、ほぼ全て楓の木で、

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紅葉シーズンの楓の山道

紅葉シーズン(例年11月中旬〜12月上旬)には、このように見事に楓の木々が色づくようです。
(談山神社提供)

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祓戸社ゴマンド池

上の黄葉の写真に写っている「祓戸社(ハライドシャ=談山神社の末社)のゴマンド池」で、9月時点ではこのようでした。
すぐ先に「入山受付所(入山料600円)」があり、次回は有名な「十三塔」ほかの建物がある境内を訪れますので、乞うご期待!となっております。

Posted by 小池 泉壬 at 17時27分
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